355 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 21:41 ID:h2hXd3rc
こんばんは。1ですが。

今日は、ある大学に行きました(京レじゃないですよ)。
知り合いの教員がもっている授業に参加させてもらったんですね。
具体的に言えないのが残念ですが。

あたりまえですが、大学の内外で、大学生をたくさん見ました。

一人でいる子の様子はさまざまですが、群れている子は、みな一様に明るい。

私だって似たようなものかもしれませんが、
一人で過ごすときの居方(変な言葉ですが)というのは
個人にとってなかなかの問題なのかなと思いました。
寺田前学長は、ちさめは、見張りの3人は、そして無期停学中の6人は、
一人のとき、どんな顔で居るのだろうと想像します。


356 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 21:55 ID:h2hXd3rc
学校教育は集団行動が基本、というより基盤といえるからでしょう、
集団で居る上での規律や振る舞い方、あるいは授業時の目線や話し方まで、
実にこと細かく教育されます。
(小学校を思い出してみてください)

一方、一人でいるときの居方については、誰も教えてくれない。

公教育の裏プログラムといっては大げさですが、学校で行われる様々な行事には、
社会生活(最低限工場工員レベルの集団行動)がこなせるように
国民全員を教育するという目的があるはずです。

357 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 22:09 ID:XZ9RXmdo
滝川ルネッサンスのスレでも同様のことが話されている最中なので、興味深いです。
義務教育の目的は社会の一員として、自立して生活していけるように育てることと
言うだけではないでしょうね。


358 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 22:16 ID:h2hXd3rc
今ぱっと思いついただけなので信憑性はゼロなのですが、
国がゆとり教育を提唱しはじめた経緯には、
いわゆる戦後の産業構造の変化が影響しているのではないかと思います。
高度成長の終焉に伴う重厚長大型産業から軽薄短小型産業への産業構造の変化とか、
第三次産業の従業者割合が高まったとかいう紋切り型のアレです。

高度成長期までは、工業高校は下手な普通科高校より進学が難しかったと聞きます。
ちょうどうちの父が当時の工業高校卒で(また身内が出てきましたよ)、
財閥系の企業に工員として入って、
それでも20代で家が建ち、30代後半以降の年収は1200~1400万はありました。
いい時代もあったものです。
(おかげで私も大学に長く居させてもらうことができました)

359 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 22:22 ID:h2hXd3rc
>>357 こんばんは。滝川スレ、まったく追えていません。
ちょっと今から勉強してきますね。

というわけで、途中ですが、ちと空けます。

360 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 22:57 ID:XZ9RXmdo
余計なことを言ったばかりにお手数をおかけしてすみません。結構あらされぎみで、検証とか
議論の部分を見つけるのが大変で;;。
でも結構有意義だとは思うんですよね。


361 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 22:58 ID:h2hXd3rc
>>357 滝川、どこスレか教えてもらえないでしょうか…

「滝川」で検索しても、クリステルの海に埋もれてしまっていかんともしがたいのですが。
スレタイだけでクリステルの動向に無駄に詳しくなってしまいました…


362 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 22:59 ID:XZ9RXmdo
>>361
すみません;;
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1212851622/
です。

363 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 23:00 ID:h2hXd3rc
ありがとうございます。

364 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 23:31 ID:cekab9pU
1さん、皆さん、こんばんは。
このスレが立ってから今まで、ずっとROMらせていただいております。

みなさんの目が本当にあたたかいのが嬉しい。そしてかなしい。
なぜその心が京レに届かないのか、と…

私見ですが、京レ在学生は2つのグループに分けられる気がします。
1つは、ちさめやクニ、ケケ田のように進学校出身の者。
2つは師匠のように、低偏差値校からやってきた者。
いずれにも共通しているのは「国立の大学に入れた!」という、尊大にして臆病なプライドでしょうか。

他スレでも幾度となく書かれていますが、
単なる一地方の教育単科大に、なぜあそこまで自信を持てるのか。

私自身、地元の地方国立大教育学部を出ています。
愛学精神はそれなりにありますが
あんなに国立!国立!と騒ぎ立てたり、自学を誇ったりすることはありません。
同級生も、そして周囲も同じでした。

あくまで駅弁国立ですし、それは高校生だってわかっている自明の理で。

365 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 23:39 ID:cekab9pU
ミクシや2を中心としたセカンドレイプを目の当たりにしたとき、
最初に思い出したのは佐世保のNEVADA事件でした。
ネットというツールが事件の鍵になっていましたね。

教員免許取得の必須単位に、情報処理基礎が組まれた時期は
この事件の少し前でしょうか。


今の京レ生は、メディア・リテラシーを学ぶ前に、途中から
インターネット等のコミュニケーションツールを操りだした世代に思えるのです。

もう少し下、今の小学生や中学生の方が
メディアへの距離の取り方がうまい気がする。
京レ世代は佐世保事件のはざまに取り残された者たち、のように思えるのです。

群れなし、友の“数”を増やし、つながりを幾度も確かめあい、
場の空気を読んだ自分のキャラを演じる。
そしてときどき「誰も本当の自分をわかってくれない」とつぶやく。

366 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/01(木) 23:42 ID:cekab9pU
各板の荒れように嘆じ、考察めいたものを落としてみました。

また、お邪魔したいと思います。
このスレの皆さまに感謝いたします。

367 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 10:18 ID:m2bpgjx2
>>364-366 こんにちは。1ですが。

私が昨日授業で会った学生たちは、
ちょうどちさめあたりの世代です。
パソコンは使えるものの、
読み書き・批判両方の意味でのリテラシーはびっくりするほど低いですね。
以前ここでどぎつく書きましたが、再確認しました。
激しい表現をすれば、まるきり政治権力と資本主義のカモです。

金と権力がいかに社会へ作用しているかを語ったのですが、
実害がないからでしょう、彼らは陰謀論を聞くような目で見ていました。




368 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 10:33 ID:m2bpgjx2
知り合いのもっている授業は、崩壊とはいかなくとも
教室の後ろに座って最初から話を聞かない生徒が一定割合いるような、
いわゆる普通の大学の授業でした。

聞いていない生徒はいましたが、私は関係なく喋っていました(知り合いは注意していましたが)。
滝川スレにもあったのですが、たとえば命の大切さなんてのは、
言葉で知っているだけでは無意味どころか逆効果ですらあるので、
私は気付く人が誰か1人でもいたらいいと思って、
まだ見ぬその人に向かって喋りました。

授業が終わったあとに、教室の外で帰りかけていた私をわざわざつかまえて、
ありがとうございました、と言ってくれた女子学生がいました。
ただの挨拶かもしれませんが、私には十分でした。

369 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 10:48 ID:m2bpgjx2
リテラシーに限らず、人が何かを意図どおりに教育できるという発想自体を、
私は信じていません(以前書きましたが)。

「命の大切さ」なんて言葉を、聞く全員に腹に沁みて分からせる方法などありません。
私にしても、以前挙げた母の言葉や村上春樹の用いた比喩が心に入ってきたのは、
このスレがあったから、間違いなく、みなさんがいたからです。

リテラシー能力の身に付きにくい世代というものがあるなら、
それ自体が「そうさせたい」権力の意図の表れでしょう(陰謀論めきますが)。

リテラシー能力をもたない世代に、
免許も資格も条件も設けずにネット利用を許している現状がそれなのだと思います。

370 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 11:16 ID:m2bpgjx2
別に、ネットを免許制にしろとかいうつもりはないのですけど。

それは、できない。
物理的には簡単ですが、それは、なされない。

名前の読み書きとソロバンはできるが、批判能力は皆無、という稀有かつ便利な層を
そもそも大量に作ることに血道を上げたのはいったい誰だったか。
国と企業でしょう。それは「組織」です。

運転自体未経験なのにF1にエントリーして、
絶望的な周回遅れを重ねてもめげずにレーサー気分だけは満喫しているような輩、
意図的に患者を傷つけておいて、
発覚したら休職してほとぼりの冷めるまで逃げようとする医者、
(凹は例えずにそのまま書けばよかった)
こいつらは既に実在するわけで。

これはいわば「組織」が人々を従わせることに伴う代償です。
そして、その需要は未だ尽きていない。よって、ネットは規制されない。
陰惨な被害が続くことが分かっているにもかかわらず。

371 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 11:41 ID:m2bpgjx2
ネットを潰して経済が伸びるなら、どの国の政治にも利益があるならそうするでしょう。

世界中が足並みを揃えて、公的ページを残してあとは全部潰せばいいのです。
パーソナルなコンピュータを全廃し、
メールの送受信は銀行窓口並みのセキュリティ下に置けばいい。

今さら無理です。

人権問題云々をクリアできないとか、
いろんな企業が潰れるとかいう些末なこともそうなんですが、
ある一つの国がネット規制に反対する
(うちの国内では自由に個人がネットを使えますよ、とアピールする)だけで、
その国は政治的・経済的なカードをもつことになります。
そこでしか生き残れないと分かれば、ネット企業は喜んでノウハウをもって移転するでしょう。

核みたいなもんですかね。
実現するわけがない。


372 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 11:55 ID:m2bpgjx2
アクセス制限や広告制限などのゆるやかな規制だけでは、
国や企業の利益を損なう結果になってしまいます。

リソースをフル活用しないわけですから、利益が理想値を下回るのは必定です。

中高生のアクセスを規制すれば市場は縮小しますし、
大人になるまでネットにアクセスしたことのない層が大人になってネットに触れても、
おっさん臭い情報しかないネット自体が疎遠なものとして映るでしょう。

エロを規制すれば、これも業界には大打撃です。
ビデオデッキやパソコンの家庭への普及は、
おっさんどものエロへの情熱が成し遂げたといっても過言ではありません。
そして2ちゃんねるを含めたネット広告も、これ抜きでは成り立たない。

373 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 12:11 ID:tdpULPfA
支援ゆさゆさ
   
    /ゆ ゆ\
    | さ  さ |
    \/二\/
      ̄∥ ̄

 (´・ω・)ノ

374 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 12:16 ID:m2bpgjx2
さて。

サヨクだかウヨクだか分かんないような物言いになったので修正をかけます。


昨日晩に、相も変わらず携帯でネットを漁っていたところ、
以下のページに行き着きました。

文部科学省HPの審議会情報という中に、

中央教育審議会
「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」1991/04/19(第29回答申)
てのがあるんですが、
そこの第1部 第1章 「改革の背景」をぜひ見てみてください。
第1章だけでいいです。
全文を読むには長いから、というのもあるんですが、
ひとつはゆとり教育がでてきた経緯に触れているから、
明治以降の日本の教育史のまとめとしても非常によくできているから、
そして、この第1章だけが、何やら曰く言い難い「名文」なんです。
(あとはたいしたことがありません)

375 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 12:25 ID:m2bpgjx2
>>373 まいど。


377 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 12:34 ID:H1SnTMEk
>>375
惜しい、こっち

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/910401.htm

378 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 12:41 ID:m2bpgjx2
>>377 ありがとうございます。

ところで、第1部全部をよんでいただければありがたいんですが、と修正します。



379 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 13:23 ID:tdpULPfA
読んできました。確かに問題点をきちんと把握し対応策も明快に示されていて素晴らしいと思います。
自分の住む県の高校受験制度が変わったのも、この答申が背後にあるのではないかということが
理解できた次第です。
ただし。
学校格差はますます広がり、私立受験志向も偏差値重視もますます強まっていますよね。
子供たちの「自分の好みがはっきりしてて自分でやりたいことを選択する/しかし基本的規範意識は
低下している」傾向も、高校における「大学の予備校的な存在になってしまい、人間教育や心身の
健全な育成が軽視されている」傾向も改善されてはいませんよね。

ゆとり教育は失敗だった。だから今また学力を上げていくために教育制度を改善しよう。
そういう動きがみられるのが今の状況ですよね。
平成3年の答申から今までに何がなされ、何がなされなかったのか。
それを教えていただきたいです。

380 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 14:13 ID:m2bpgjx2
>>379 こんにちは。

先の資料、またプリントアウトできる場所に行ったらお話しできると思います。
今日は休みだからネカフェでもいくかなあ…

ただし私は素人なので、何かを教えるというのはちょっと。
データや事実に基づきたいとは思いますが、基本的には思ったことを書くのみです。
その点ご了承ください。

さて。今からネカフェにいくことにしました。その前に。

あの文章からは、武士が切腹するほどの気概(武士を知りませんが)を感じるんですね。
ただ教育史を振り返って問題点を指摘している気楽さとは違う、
教育の改革に向けた一種の悲痛な決意を私は感じます。

ご指摘のとおり、それが「どうしてこうなった」のか。
手始めに、これ以降の審議会の文章も読んできます。字が多くて嫌になりそうですが。


381 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 14:20 ID:tdpULPfA
>>380
有難うございます。折角のお休みの日に申し訳ないですが…。
1さんの文章は分かりやすくて、説得力があってそれでいて癒されます。
それこそ武士の気概並の気概や心などが感じられて。
よろしくお願いします。


385 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 16:44 ID:oXVs4kfg
1991年4月19日 新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について(答申)(第29回答申(平成3年4月19日))
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/910401.htm

1996年7月19日 文部省 審議会答申等(21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申))
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/960701.htm

1997年6月 21世紀を展望した我が国の教育の在り方について (中央教育審議会第二次答申(全文))
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/970606.htm



386 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 16:46 ID:oXVs4kfg
1998年6月30日 「新しい時代を拓く心を育てるために」-次世代を育てる心を失う危機-(中央教育審議会(答申)平成10年6月30日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/980601.htm

1998年9月 今後の地方教育行政の在り方について (中央教育審議会 答申)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/980901.htm

1999年12月16日 初等中等教育と高等教育との接続の改善について (答申)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/991201.htm



387 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 16:48 ID:oXVs4kfg
2000年4月 少子化と教育について (報告)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/000401.htm

2000年12月 新しい時代における教養教育の在り方について(審議のまとめ)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/001237.htm


389 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/02(金) 17:06 ID:m2bpgjx2
上に挙げたのはゆとり教育直結分。
自分用のただのメモです。
さらにこれに指導要領改定にまつわる資料もいっぱいあるわけで。

読み流した感じで申し訳ないんですが、
最初に挙げた1991年の29回答申のような、気のこもった文はなかったように思います。


391 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/03(土) 22:26 ID:ayCpdPVk
>>390 こんばんは。1ですが。

中教審の報告書を色々読み倒しました。
全容がしっかり頭に入ったとは言い難いのですが、
ゆとり教育が挫折した理由の一面はなんとなく見えた気がします。

最初に紹介した1991年の第29回答申、その特に第1部はとてもいい文章だと
何回読み返しても思うのですが、
そこに、既に失敗の萌芽はあったのではないかと思うのです。

以下、29回答申を読んでいない今北産業な人にも説明がつくように、
少々煩雑な書き方を採ります(嫌になったらバサッと捌きますが)。


392 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/03(土) 22:49 ID:ayCpdPVk
ゆとり教育が失敗した原因(の一つ)を一言でいうと(いきなりすごくバサッといきますが)、
それは学校の内部における「ゆとり教育」の運用の失敗というよりは、
学校の外部、つまりは日本の社会、特に企業や官公庁を巻き込めなかったことです。

簡単にいうと、中教審は企業を変えられなかった。
資本主義の徹底した効率志向をみくびっていた。
言い換えれば、中教審のいう個性的な人間は、
結局、企業が喜んで採用したくなるタイプの人材ではなかったのです。

企業は、従来偏差値教育が生んできたとおりの、
事務処理能力と暗記力が高く、指示をすぐさま理解でき、
なおかつ従順に規則を重んじ、集団の和を保てる、
癖のない人畜無害な労働者を求めました。

393 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/03(土) 22:54 ID:UBnvmqp.
なるほど。明確ですね。
最近流行りの小学校~高校にかけて行われている就労体験、インターンシップなども
「自分がどういう道に進みたいのかを自分で考え早くから考える、模試途中で変わってもそれはいいことだ。
自分で考えて変更することで選択肢はたくさんあるということを理解できる」
「働くことに早くから関心を持つことで、社会の一員であることを理解し、自分がどういう社会人になりたいのかを
考えられるようになる」
といったことが、そういう就労体験をする理由となっています。
しかしこれは、都合のいい有能な社会人を促成栽培する、という意味も込められているはずです。
最近お受験雑誌が日経などから多く出ていますが、これらも、速くは幼稚園から受験をさせ、
優秀な人間を促成栽培しようとしているのではないかと考えています。

394 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/03(土) 23:06 ID:ayCpdPVk
もうひとつは、「ゆとり教育」自体の理念の甘さです。

そもそも「個性」とは何なのか、そこがついにあやふやなままであったこと、
いや、「個性」なんてものを定義すること自体に、
あまり意味などありません。
要は、中教審は、受験勉強以外の取り柄をもつことが個性だと、
安易にはき違えていたから失敗したのです。

たしかに価値観の多様化や情報化社会の進展などといった現象は今でも進んでおり、
受験勉強以外のものにも価値を置くこと自体は、
方針として間違っているとは言えません。

しかし最初から学校が介入して個性化を啓発することによって、
はたして後から人間が個性化するか。
それは順番が逆だろうと思います。

まあ、後からならなんでも言えるんですけど。


395 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/03(土) 23:26 ID:ayCpdPVk
>>393 こんばんは。

幼稚園受験や小学校受験の問題って、
まさに>>391の最後に書いたような(ヤツになれる)子しか合格できないものなんですよね。

物語を聞いて、その途中に関する問い(登場人物の行動や、出来事の順番)に答える、とか。
先生と同じ動きをマネする、とか。

職業体験なんて、お客さんの立場でちょっとやってみるだけなんて、
逆に間違った印象しか残さないと思うのですが。

小学校の生活科や理科・社会科も、「体験」信仰がちょっと行き過ぎています。
目にしたものしか習わないというと大げさですが、
全体を見渡す視点が欠けているために、
かえって視野が狭くなってしまっているような気がします。

396 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/03(土) 23:33 ID:ayCpdPVk
うん、安価1つずつズレてましたね。すみません。

397 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 00:03 ID:V27l669U
続きです。

中教審にならって、日本の教育の流れを整理してみます。

まず開国後に手っ取り早く欧米に追い付くために、
日本は本来両立が極めて困難な
教育の「平等」と「効率」を同時に推し進める必要があり、
明治の殖産興業政策下や戦後の高度成長下ではその方策が奏功し、
産業育成の基盤になり得ていたと指摘しています。

しかし戦後、高校・大学の進学率が上昇し、
みんなが同じ「高校卒」「大学卒」という資格に殺到したため、
学校間格差が拡大し、その差は偏差値偏重によってさらに助長されたと述べています。


398 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 00:16 ID:V27l669U
中教審第29回答申は、この「学校間格差」と「偏差値偏重」の2つを、
「教育の病理」の最たるものとして位置付けています。

そして同時に、その2つの病理は、
良質な労働者を安定的に社会に供給するシステムの原動力であり、
ひいては社会を安定させる原動力に他ならなかったと指摘しています。

強烈な毒をはらみつつも、高度成長期までは、たしかに経済的・社会的に有効な方策だったので、
やり方を変えるに変えられなかったといったところですかね。


399 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 00:38 ID:V27l669U
で、社会の変化に伴い、第二次産業の発展に向けた国家総動員体制を敷く必要は
1991年時点で既に薄れていたのですが、
不思議というか、不幸なことに、
学歴と偏差値の偏重だけは、より強烈な形で残存しました。

当時の文部省からすれば、
「おまえらもういいよ、用もないのにいつまで味噌も糞も高校逝くんだよヴォケ」
といったとこでしょう。

高卒、あるいは大卒という(既に価値の形骸化した)資格を、
ここでも日本人はその厄介な国民性を発揮し、「平等」に求めたというわけです。
このあたりにくると、答申の執筆者は、
日本国民の「平等」に向けた情熱の根深さ、動かし難さに
ある意味恐怖していることを隠そうとしていません。

400 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 00:41 ID:LVOWZJX.
支援
     ___
    /ゆ ゆ\
    | さ  さ |
    \/二\/
      ̄∥ ̄
 (´・ω・)ノ レントウ キセイ カワセルデショウカ

401 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 00:55 ID:V27l669U
>>400 こんばんは。
携帯では連投規制にかかったことはないんですよね。
チマチマ打つぶん時間がかかるからでしょう。

携帯だと、字数(行数)制限が痛いです。
エラーが出てバックボタンを押すと、文章は消えてしまいます。
エラーメッセージに残った本文はコピーできないですし。

おかげで、毎回本文をコピーしてから書き込むクセがつきました。

402 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 01:27 ID:V27l669U
こんなにたくさん書くくらいなら実物を読んでもらったほうがいいのでしょうが。
かくして残ってしまった、日本人の「平等」へ向けた同調志向から発する
「学校間格差」と「偏差値偏重」、
答申がこれをいかに解決しようとしたかを以下に書いていきます。

ただし明日。おやすみなさい。



403 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 10:17 ID:qCAktcOI
乙です。例の答申を読んだ感想としては399と全く同じです。
その恐怖そのものが逆に格差の助長の志向につながっているのでは?
良く分かりませんが。


404 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 18:58 ID:V27l669U
>>403 こんばんは。1です。
おっしゃるとおりだと思います。

中教審も、両者の関係を、一本線の因果関係としてではなく、構造的に捉えていました。


405 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 19:23 ID:V27l669U

再度仕切り直すのですが、
教育において「効率」と「平等」を両立させるというアクロバティックな方針、
これを転換させるときに、中教審は「効率」あるいは「平等」の
いずれかを切り捨てるという方策は採りませんでした。

「効率」と「平等」の、それぞれの概念自体を変えること、
そこに、改革の可能性を託したのです。

406 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 19:37 ID:V27l669U
ちょっと言葉が飛んでましたね。

まず、「効率」を重んじる教育とは、
能力の高い少数の学生のみに高等教育をほどこし、あとは他の道に進ませるような、
ヨーロッパ型の教育です。
それぞれの大学にいる人材の粒が揃うので、
「学校間格差」はほぼ解消され、「偏差値偏重」もまた解消されるといいます。
ただし、社会の階層化は、程度の差こそあれ、避けられません。

これでは日本人は納得しない、と中教審は踏んだのです。



407 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 20:06 ID:V27l669U
一方、「平等」型の教育とは、
進学を容易にし、競争は大学や社会に出てからという、
アメリカでみられるようなものです。

生徒の学力に関わらず画一的な教育を施すため、
授業だけでは学力上位層を伸ばしにくく、下支えも難しい、
というジレンマを抱えます。
全体的な学力低下を招きやすい形なので、
国としては選択できない方策です。

408 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 21:01 ID:qCAktcOI
例の中教審の報告書がすごく分かりやすく解説されてて嬉しいです。
いつも有難うございます。

409 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 21:36 ID:V27l669U
>>408 どもです。

中教審は、高校進学率95%という、量としては限界に達した教育のあり方を、
その量を保ったまま、つまり、誰も高校という枠からははみ出させないまま、
質重視の方針へとシフトさせようと考えたのです。

質重視とは、各学校に様々なコースを設け、進路の寄り道や方向転換を認め、
各人が個性に応じて、ゆっくり学歴を作っていけるような方針を指します。

日本では、同年代の学歴を細分化することは許容されないと踏んだ中教審は、
ドイツのマイスター制度的な、本来は高校的でない教育課程までを
高校という「平等」な一つの枠に取り込もうとしたのです。
いわば、国民を刺激しないことを最優先しつつ、
「高校」の定義自体を塗り替えてしまおうと考えたのだといえます。

そして、進路の中途で普通科と相互移動なような自由度を
(その実現可能性はさておいたまま)残すことで、
高校という枠で一切の面倒をみようとしたことだと私は理解しています。


410 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 21:56 ID:V27l669U
国民はみな高校卒の学歴を得ることに変わりはないですし、
大学へ向けた情熱も失わないままです。

人並みの学歴という夢、幻想を強烈に保ちつつ、
旧来の大学における高等教育に耐え得る学力はもたないという、
非常に日本人的で、そしてプライドだけは高いという
ある意味非常に厄介な(京レ的な)人材が、
こうして大量に作られることになりました。

この予測される現状にしたがい、
必然的に、大学の意味も塗り替えられざるを得ませんでした。

つまり、学問をする場、研究機関としての位置付けはごく少数の大学に限定させ、
あとは何やら訳の分からないものも含めて、
「大学」という名前で括ってしまおうとしたのです。
80年代から既にいわれていた、大学のレジャー化という現状を追認しただけでなく、
むしろ積極的に、大学の多様化を推し進めようとしたのです。

中教審は、大学入試の多様化を謳い始めます。

411 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 22:09 ID:V27l669U
中教審では、大学入試において、
一般入試でも高校での調査書を重視しようとしていましたが、
これはあまり実現していません。
相対評価と絶対評価とが混在していたということもありますが、
難関高校の生徒に不利になりやすいことと、
高校の後半や浪人時から目的に目覚めて頑張り始めた学生に
不利にはたらくといった事情があるのだと思います。

また、推薦入試や面接を重視したのは、
学力のない学生をも大学生として待遇しようということです。
こちらはどんどん各大学で適用されています。
京レもそうですね。


412 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 22:53 ID:V27l669U
私が大学に入ったときには、既に一般教養課程はなくなっていました。

いわゆるパンキョー的な課程や科目は今でも各大学に残っていますが、
かつて(1970年前後、高度成長期まで)の大学が志向していたような
幅広い教養の育成を行うような気風は、大学から消えていました。

思えば、旧制の高校や大学と、高度成長期までの大学と、私がいたころの大学と、
そして今の大学とを比べてみると、
それぞれ段階的に、社会的な指導者を作り出すという荷を
徐々に軽くさせられていっているような気がします。



413 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 23:05 ID:V27l669U
私はいわゆる銭になるような学問を意図的に避け、
文系の中でも最もヤクザな学部に進みました。
ゼミに3つ掛け持ちし、バラバラなことをいっぺんに学んで、
まだ自分には、ものを考えるためには
根本的に何かが決定的に足りない気がしていました。
まあ遊びもしたんですけど、院では学際研究を謳う別の大学に進んで、
異なる学問領域を幾つも抱え込んで、
結局やろうとしたことに能力が追い付かず、力尽きました。
修士くらいはまだちまちまやる手もあったんでしょうが、
それでは面白くなかったんですね。
私もまた、ちさめのように、精一杯「背伸び」をしていたのです。



414 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/10/04(日) 23:16 ID:V27l669U
というわけで、ただの素人となって今に至るわけですが、
昔のエリートというんですか、漱石や鴎外や南方熊楠、
批評家なら小林秀雄もそうなんですが、
彼らのもっていた教養の幅広さや、それに基づく視野の広さには、
現代人がどう頑張っても到達できない凄さを感じます。
彼らが天才的であったのは間違いないのでしょうが、
その他の人々を含めた教養人の層の厚みからいっても、
社会の変遷や質的な変化というだけでは片付けられない違いを感じます。

またひとつ、私は自分のことを書こうとしています。
まったくこのスレは、なんなんでしょう、いったい。