205 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 09:18 ID:w.skvzVU
1さんいつも乙です。
私は浅学で語彙も貧困なので1さんのようにいろいろと検証したりそれを文章に表すのは
とても無理なのですが、いつも拝読していて感じたことがあります。
それは他のスレで小説を書いてらっしゃる先生方にも感じることなのですが、加害者を決して
追い詰めたり非難したりせず、穏やかで愛情のある目で見てらっしゃる(これもうまく表現しきれて
いません)、ということです。冷たさや毒がないというか。
だから癒されるんですね。
昨日パンスレに障害を持つ方が来られていました。この方の文章にもすごく癒されたんです。
責めたり悪しざまに罵ることは簡単だしついそうしてしまいがちですが、それは相手の心には
響かない(お互い様ですね)。でも温かい言葉なら届くかもしれない。
自省していない人もいるかもしれないけれど、認めたくない気持ちも持ちつつ方向転換を図ろうと
している人もいるんじゃないかと期待しています。
お忙しいとは思いますが、またよろしくお願いします。


206 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 13:08 ID:pVm4P3Sk

「安い」偏狭な仲間意識に殉じない判断力は、
どうやって身につけることができるものなんでしょうね。

さらには、
孤独を恐れず、組織的な暴力に立ち向かう強靭な精神力を、
ここという場面で奮い起こす覚悟を持つためには、
どうすればいいんでしょうね。

これは一応問いの形を採ってはいるのですが、
その答えは自明なような気もするのです。

少々、分かりにくい表現になってしまっています。
以下に具体例を。

207 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 13:18 ID:pVm4P3Sk
私の母の話をします。

彼女が結婚し、そして私を出産してしばらく経った頃、
まだ引っ越してきて知り合いも少なかった母に
なにかとよくしてくれていた或る近所の女性から、
母はある「集会」へと誘われました。

行ってみて初めて判ったらしいのですが、
その「集会」は或る宗教の会合で、
何のことはない、新規勧誘の場に連れてこられたのでした。

付き合いのある女性の顔を潰さないために、母は話だけ聞くことにしました。

様々な演者がいろいろな話を熱っぽくしたことでしょうが、
そのうち、場の話題が
「もし戦争が起こったら、自分の子供を兵士として国に捧げるか」
ということに移りました。

208 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 18:31 ID:pVm4P3Sk
続きです。

母は戦後の生まれで、
先の集会も、高度成長やらオイルショックなんて
とっくの昔に終わった時期の話です
(当然私もそれらの出来事を教科書でしか知らない)。

要は戦時中とか、そんな軍国色が濃い時代の話ではない
ということが言いたいわけなんですが。

集会で、参加者も交えて、先の話題が議論されました。
その宗教では、戦時下において、
子供を兵士として拠出することは善であるという考えが
主流なのだと知れました(このへん100%母からの伝聞なんですけどね、当然)。

演台に立つ男は、場の流れが定まったとみるや、挙手を求めました。

「戦争になったら、息子を兵士としてお国に差し出す覚悟のある方」

209 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 18:40 ID:pVm4P3Sk
ざっ、と手が挙がったそうです。母と、他に数人を残しただけで。

その反応をみて、また幾人かが手をそろりと挙げます。

気がつくと、母はただ一人、手を挙げていない参加者になっていたといいます。

手を挙げていない母を認めた演台の男は、あなたは何故賛成しないのだ、
国民としての務めとは等々(繰り返しますがこれ戦後の話です)詰りました。

周りの参加者も、(サクラやら色々いたにせよ)
かぶさるように母を責めたといいます。


210 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 18:53 ID:pVm4P3Sk
まあ宗教セミナーではこのくらいのことはよくあるもので、
聞けば会場も宗教施設なんかではなく、地元の公民館だったので、
若手の幹部候補生を対象に、洗脳の技術研修のついでに
新規の信者を開拓する練習程度の軽いイベントだったとは思います。

おとなしくしておけば、波風立たずに家まで帰れたはずです。

しかし、うちの母は、そうしなかった。
だいぶなじられ、泣かされもしたようですが、それでも断固手を挙げなかったといいます。

そして、「私は、子供を人殺しをさせるために生んだのではない」
という旨の言葉を泣きながら叫んで、
必死でその場から逃げ去ったのだそうです。


211 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 19:00 ID:pVm4P3Sk
いかようにも解釈できるこの話、
誤解の余地がありまくりで、例の適切さとしては疑問符すらつきかねないレベルです。
戦争が是か非か、とか宗教は、とか、洗脳が云々とか、それは全部さておいて。

これ、母から何度も聞かされた話でした。
5才くらいでもう聞いていた記憶があります。


212 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 19:21 ID:pVm4P3Sk
なんかもう、でっかく構えたことを言っちゃうと、
人間、何のために生まれてきたかなんて、
自分で意識的に目的を定めでもしない限り、
そもそも分かりはしないことだと思います。

母だって、そして私の母に限らず、
子供を何のために産んだ、という明確な目的など
あるわけではないと思います(そんなもの、あったら逆に怖い)。

ただ、「○○なんかのために産んだのではない」という消去法、
ここには考えるヒントがあるような気がするのです。
京レの6人のレイパー、
セカンドレイプを執拗に繰り返すちさめやクニ、
見て知っている事件を他人事のように過ごすだけで風化をひたすら祈る京レの学生、
事件を隠蔽し、きちんと自分の学生を処分できない寺田前学長、
そして、不幸にも今回、被害に遭ってしまった女子生徒さん。


みんな、「こんなことをするために生まれてきた」のではない。
それだけは、分かるんですね。

214 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 19:45 ID:pVm4P3Sk
>>205さん、上ので返答になっているでしょうか。

親子愛なんかを特に強調するつもりもありませんし、
博愛なんて抽象的極まる概念は、もっと実感がわかないです。
(「友愛」はさらに輪をかけてイミフであります)

いつもながら、何と言っていいのか分からないのですが、
集団・「組織」というものは、
これはもう、暴力の衣をまとって生まれてくるものだと言い切っていいと思います。

だって、力を合わせたいから、守ってもらいたいから、
「誰かと一緒にいる」という行為が発生するのでしょう。


215 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 20:12 ID:pVm4P3Sk
私なんかが断言するまでもなく、
暴力的で、執拗で、隠蔽体質で、安っぽい仲間意識しか持たずに、
なおかつ物事から目を背ける「京レ的存在」は、
今後もまた形を変えて、私たちの前に現れることでしょう。

あれは「組織」そのものだから。

「組織」の「再生」とは、
「自分はあんな事件を起こすために生まれてきたのではない」と
素直に気付くことが出発点、いや終着点といってもいいかもしれません。
起こってしまったことは、取り返しがつかないわけで。
校内の清掃や、引責辞任なんて、形はもういいんです。

とはいえ、なかなか素直な連中とは言い難いので、所詮これも空論なんですが。
それこそ、教育の問題ではないんですかね、これ。


217 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 22:31 ID:pVm4P3Sk
>>216 あの、読んでいただいてありがとうございますとしか。

以下、ちょっとどころじゃなく胡散臭い書きぶりになってしまっているのですが、
形だけの反省をしている人間は、見たら一発で分かる気がします。

自分の行為をいけないことだと教えられ、しおらしく自重していても、
分かっていない人の顔には、きっと「我慢」「忍従」の相が刻まれています。

それ、きっと全員ニセモンなんですね。

もし「自分はあんなことをするために生まれてきたのではない」ことが
腹に沁みて分かっているなら、「耐える」様を見せるのではなく、
うまく言えないのですが、きっとそういう時には、
まるで誕生を再度経るように、あらゆる感情をない交ぜにしたまま、
心がもう一度「泣く」のだと思います。


218 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/14(月) 22:56 ID:pVm4P3Sk
私の母が宗教の会合で採った行動は、一般的にはあまり賢いとはいえません。

相手が悪ければ、後々までえらいことになっていた可能性もあります。
(相手が真光でまだよかったねママン)

集団の圧力に抗うためには、覚悟が要ります。
相手が宗教団体であろうが、クラスの友達グループであろうが、
それは変わりません。
前にも書きましたが、小中学生の方がむしろ大変かもしれないです。
うちの母の場合は、その場から逃げ帰れば済みました。
被害はといえば、
実は宗教にハマっていたことの判明した知り合いを一人失っただけですから、
厄介払いの手間が省けたくらいのもので、軽微この上ない。

219 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/15(火) 00:00 ID:5ohObZLU
小中学生の方は、学校の代わりになる集団などそうそうないのですから、
個個人が問題を絶対視もしやすいでしょうし、
集団圧力も高くなりがちで、
なおかつその圧力の高い状態が続きやすいと思われます(圧を逃がす弁がない)。
それゆえ行動が過激化しやすい素地がもともとあるのだといえます。

220 名前:Classical名無しさん[] 投稿日:09/09/15(火) 00:47 ID:5ohObZLU
あ、ID変わってましたね、1ですが。

以上の理由により、
「抜けにくい」「個人にとって代わりのきかない」組織ほど、
凶悪な集団犯罪は起こりやすいとみて間違いないです。

↑ん、これって家族のこと?ちょっとイメージ違うんですが。
犯罪はともかく、問題の宝庫であることは、実感からいっても間違いないです。
離婚も多いらしいですね。約3組に1組とか。
組織のリセット機能は、家庭より学校の方が働きにくいかな。
いや、でも高校を辞める学生なんて、いわゆる底辺高では当たり前だし…

小中学校のいじめが与える圧力のキツさが、他の集団におけるそれと比べても
たいへんなものであることだけは、どうも間違いなさそうです。

221 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/15(火) 00:48 ID:5ohObZLU
京レくらいになると、
国立であることを自ら誇ってやまないレベルなわけですし、
推薦入学の比率も高い
(ドロップアウトすると高校の推薦枠に影響して後輩に迷惑がかかる)ですし、
何より体育学科なんかはスポーツしかやってきていなくて読み書きもあやしい連中が
そもそも辞めてどうなるという根本的問題がありますから、
退学率はとても低いはずです。


223 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 13:05 ID:rmWgbKSM
1です

脱退が困難な閉鎖的集団=ロックされた圧力鍋

集団圧力が高まりやすく、圧が抜けにくい

加熱、加圧(料理人=学長の責任)

放置

個人の疎外=軽い気体が壁に圧しやられる、煮崩れ

暴発(=いじめ・レイプ等)を招きやすい

集団を維持する圧力が、減衰しつつも継続される(一種の慣性)

集団的な隠蔽・自己擁護

今ここ

224 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 13:21 ID:rmWgbKSM
集団の圧を抜きやすいシステムがないと、
集団の起こす問題は深刻化しやすいということが言いたいのですが。

何も大学を辞めやすいように、ということでなくても、
サークルやバイトや趣味などで、
個人がメンバーや気風の重ならない集団を渡り歩くような、
ある特定の集団の圧を受け続けずに済むような、
そんな仕組みを作る必要があるのかなと思います。

でもそれも、外から決められたことならば、
きっと容易に形骸化してしまうでしょう。
(どうせ、どこへいっても似た者同士でしか集まらない)

今夜は、「個の確立」、いや、その題は幾分大げさなんですが。
まあそんなことをつらつらやるつもりです。

225 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 22:03 ID:rmWgbKSM
「批評の対象が己れであると他人であるとは一つの事であって二つの事でない」
小林秀雄の言葉です。

この先どうしたらいいのか、解決策を出そうと焦るたびに思考は中断し、
迂回路を探して、問題の周囲をうろうろしながら、
私は気がつくと自分のことばかりを語っていました。
京レの問題をこうすればいい、などと断言するのは、
解決のない問題に敢えて大ナタを振るう力、
つまりは政治に属することなのだと痛感しました。

先に挙げた文の続きで、小林秀雄は、
批評とはすなわち「己れの夢を懐疑的に語る事」だと言っています。

私も、解決策ではなく、
「こうなってほしい」という「夢」を語ることにします。

226 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 22:39 ID:rmWgbKSM
「こうなってほしい」とは、被害者さんの今後だけを指すのではありません。
レイプ犯6人をはじめとした京レ全体、
ネットでの批判のあり方、そして、私自身。

「組織」とどう付き合うか、
そのことに悩み、あるいは悩み自体をごまかし、
更にはまだ悩みを覚えない全ての人のために。

「組織」が構造的に恐ろしい存在であることなど、
まともに教えてくれる場はありません。

戦争やオウムや滝川事件や今回な京レなど、
集団の圧力がもたらす暴力の激しさは、知識としてはもっていても、
その犠牲が各人の教訓となることは稀です。

いつも、誰しもが、問題が実際に自分の身にふりかかってからしか
その凄まじさと酷さを実感できない。

227 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 22:55 ID:rmWgbKSM
今、欠けているのは、
どんな「組織」でも
恐ろしい暴力を振るう可能性があるということを、
その仕組みも含めてきちんと知らしめることと、
集団の圧力に対する、個人の然るべき対処法です。

オウムや京レは、最初から犯罪集団だったわけではないこと。
どんな学校のどんなクラスでも、いじめは発生し得るということ。
(ダメな、劣った、極端な集団ではなく、
むしろ仲のよい、結束の強いグループほどタチが悪いということを、
逆説的にではなく、理路整然と教える必要があります)



228 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 23:16 ID:rmWgbKSM
正義感や善意は、集団の暴走を抑制する方向には働きにくく、
かえって加速させる方向には働きやすいこと。

一個人が多様な集団に同時的に関わることは、
見聞が広がるなどという呑気な利点があるのではなく、
特定の集団の圧力に毒されないために、
各集団を客観視する目を養うために必要なのだということ。

一旦問題の萌芽が認められた集団からは、
全速力で逃げる必要があること。
その際、なるべく早めに情報を外部にリークしたり、
可能な場合は、直接加害者に一撃批判を加えた上で立ち去ることが、
結果的にはその組織のためであること。

容易に抜けにくい組織の場合は、
圧力を不満に思っている同志を発掘して、
潜伏しながら共闘すること。(学生運動ぽい表現スマソ)

229 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 23:20 ID:1HOeK6Mg
無期限停学状態の学生たちも、反省日記を課せられているとのことですが、こんな風に自分を見つめなおすと
いいのかもしれませんね。

・自分は何をしたのか。
・なぜ今までは閉鎖的な集団の中では大丈夫だったのに、今世間から非難を浴びているのか。
・自分が所属している集団とは何だったのか。
・世間や親たる立場の人たちから求められる教師のあるべき姿とは何か。

大げさすぎるでしょうか。
ポーズだけ、表面上だけ罪を認めたふりをしても、誠意のなさは伝わるものです。
1さんが述べるように、本人の中に歪んだものが蓄積されるだけでしょう。


230 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 23:26 ID:rmWgbKSM
学生の場合は、教育委員会・文部科学省・新聞社等メディアへの通報手段、
そして、
2ちゃんねるの活用法を、熟知しておくこと。


誰でも、メディアを持てる時代です。
こんな素人の私が書く文章が、まあ理論的には世界中に発信されていて、
実際に読んでくれている人がいる。

昔より、集団への反撃を起こしやすい。


231 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 23:46 ID:fInOnp.6
村上春樹のエルサレムスピーチがちらほら浮かんできたと思ったら
イランでツイッター大活躍みたいな話になってきた


232 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/16(水) 23:50 ID:rmWgbKSM
229:Classical名無しさんs>>229 こんばんは。

お言葉、もらいますよ。

> ・自分は何をしたのか。
ひとつの言い方にしかなりませんが、
集団の力を恃み、なおかつ驕り、
さらにはその影響を自覚していなかったんですね。

いわば「組織」という火の性質を未だ知らないレイプ原人が、
闇雲に振り回した松明で、図らずも人を焼いてしまったようなもんです。

6人の原始人たちは、まだそれが自分のせいだとは思っていないでしょうね。
燃えたのは火(「組織」の暴走)によってであり、
自分が個人の力で家を壊したのではない、
つまりは自分のせいだとはなかなか実感できない、
家を燃やすつもりはなかった、
被害者が一名出た?もっと実感できない、…


236 名前:Classical名無しさん[sage] 投稿日:09/09/17(木) 13:00 ID:ejloN5ZA
>>229 もうちょい言葉いただきますよ。
>・なぜ今までは閉鎖的な集団の中では大丈夫だったのに、
>今世間から非難を浴びているのか。

このことを「失敗」「不運」と捉えるような思いがかすめれば、
「再生」の芽が、彼らの殻を割って出る機会は、失われるでしょう。

反省するということは、そしてあるべき反省の姿を伝えることは、
ほんとうに難しい。

自分の経験からいっても、
外から教えられる類いのことではない、教育不可能な事項とすら思います。