無題:悲劇への序章、シリアス風(仮) 続き
この作品はフィクションであり、実在する人物・団体には一切関係がありません
【お肉壺】QB師匠の窪みを語るスレ【股間が竹の子】 4
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724 名前: ◆TTC5ZW51Z2 [sage] 投稿日:2009/08/27(木) 05:45:42 ID:JhNZUQkc
九二が苦募の部屋に泊まり込むようになって、数日が経った。
理由はなかった。あの日訪れた九二はそのままこの部屋に居続けた。
苦募にとってそれは、外装だけが真新しくそらぞらしいワンルームの部屋に今まさに生きている生々しく熱い存在が生じ、そして孤独だった部屋に他人の意識がちらつくようになるだけのものだった。
自分はもう外をうかつに歩くこともできない。九二はそれを知った顔で、何でもないように日常で必要とする食料や生活用品を買いに出ては当然のように補充した。
苦募はそれを眺め、九二という他人が自分の崩壊した日常に介入してくることを時折不思議に思い、場合によっては差し出がましい偽善、九二の自己満足行為だと鬱陶しく思った。けれど拒みはしなかった。
九二はそんな苦募の希薄な反応をどう思っていたのか。夜になるごとに苦募を求め、そういう習慣であるかのようにセックスをし、何度も「先輩」と耳元で囁いた。じっとりと熱く絡みつく声で。
けれどそんな生活がいつまで続くだろう?
九二には九二の生活があるはずなのだ。事の露見によって部屋に籠もりきりになった苦募とは違う生活が。
「九二、お前いつまでここにいるんだよ」
ある日、ついに訊いてしまった苦募に、九二は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、それから哀れみをたたえた瞳で苦募を見つめ、「今の先輩には俺が必要だから」と言った。
「……買い出しくらいなら自分ででも出来るし、ネット通販だってあるから」
「そんなことじゃないよ。こんな寒い部屋に先輩一人にしたら先輩動けない。一日座りこんで、それが日常生活だっていうの」
見下されている。瞬間それを思った苦募は久しく時を刻む時計しか見ていなかった自分の瞳が怒りに熱くなるのを感じた。
「……俺がいつお前を頼った? 俺は別に誰を頼ろうとも思ってない。この狭い部屋に二人もいらないんだよ」
苦募が声を荒げる。すると、見守るための眼差しを向けていた九二の目が、すうっと細められ、冷たくなった。
「……九二っ」
ばん、と激しい衝撃に壁が震える。九二は苦募が寄りかかっていた壁に拳を打ち付けて苦募を両腕に囲い、冷たい目で苦募を見つめた。
「……先輩は自分を知らないよ……」
「何なんだよ、お前は! 分かった顔して何がしたいんだよ!」
「俺の気持ちはいつだって先輩のところにあるよ。先輩の心に俺がいるから、俺は今ここにいる。
何でそれが分からないかなあ?」
「うざいんだよ、おかしな屁理屈つけんな!」
苦募が思わず怒鳴り返す。その瞬間、九二の右手が無造作に苦募の頭髪を掴み、ごつ、と鈍い音をたてながら苦募の頭を壁に打ちつけた。
「俺がここに来るまで先輩は毎日どうしてた? 廃人だよな。俺は先輩を人間にしてやってるんだよ。あんなことになる前の先輩として。俺はずっと先輩の後輩だから、俺になら先輩を取り戻してあげられるから」
苦募は何も言えなかった。ただ呆然と九二の冷たく淀んだ瞳を見つめた。見たくもないのに、目が離せなかった。そして、九二もまた事件以前の生活を失っているはずだと思い、九二の真意を悟って血の気が引いてゆくのを感じた。
「ごめんなさい、先輩。頭大丈夫でしたか?」
九二の手が気遣わしく苦募の頭を撫でる。
九二はもう現実では生きられない。自分が日常を崩壊させたように。それを思い知った苦募には、何も言い返すことができなかった。
生き方を誤り、逃げ隠れする自分たちは本来あるべきだった現実社会に求められていない。
会社にかけがえのない人材などいないように、現実社会には必要とされていない。
存在を憎まれ、疎まれて黙殺され、外に出れば罪を追求される。
もう生かしてもらえる場所などない。「外」というかつて自分が楽しんだ世界には、もう戻れない。