陰陽師 京教ノ巻 4

この物語は不完全なフィクションであり、実在の人物、場所、事件とは多分関係ございません


【お肉壺】QB師匠の窪みを語るスレ【股間が竹の子】 5
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/aniki/1251558045/

445 名前:陰陽師 京教ノ巻(13) ◆yIOXwfeSEE [sage] 投稿日:2009/09/04(金) 02:07:23 ID:ndKS/dJR

                    十三

 ほろほろと酒を飲んでいる。
 しんしんとした大気に満ちているのは秋の気配であった。
 その秋の気配を飲むように、晴明と博雅は杯を口に運んでいる。

 ぽつんと、灯火がひとつ──
 さやさやと、ときおり庭の草が音をたてる。
 女郎花(おみなえし)。
 龍胆(りんどう)。
 秋の野を、そのまままここへ持ってきたような庭であった。


「よいこころもちだなあ、晴明よ」

 庭に面した濡れ縁に座して、ふたりは向きあっている。
 晴明は白い狩衣を着て、柱の一本に背をあずけている。
 
 博雅は酒を口に含み、
「このような晩は、鬼であったとて、ものを思わずにはいられまいよ」
 と言った。
「鬼か」
「ああ」
「鬼は人との関わりで生じるものだ。人の心が動けば鬼の心とて動こう、博雅よ──」
 晴明が続けようとすると、
「ま、待て晴明」
「何だ」
「おまえ、呪の話をしようとしているのではないか?」
「そうだ、よくわかったな」
「頼む、呪の話はやめてくれ。お前が呪の話をすると俺はなんだか頭が痛くなって、
 この心持ちがどこかに消えそうになるのだよ」
「わかった、呪を使わずに説明しよう」
「頼む、晴明──」



                    十四

「博雅よ、例えば『鬼退治』という言葉がある」
「う、うむ」
「世間では俺がよく鬼を退けるといっているようだが、退治とは皆が思っているようなものではないのだよ」
「どういうことなのだ?晴明よ」
「うむ、世間の輩はただ鬼をやっつけることと思うているのさ」
「違うのか」
「退治とは『退いて治める』と書く。こちらが一歩退くということもままある。
 俺も一方的に調伏するというわけではない、時には鬼に道理を説き、時には鬼のために祈ることもあるのさ」
「なんと、そうであったか」
「鬼よりも人の方に問題があるときもあってな、そんな時には落としどころを見つけてやったりもするのよ」
「むむむ」
「俺にとってはまだ鬼の方がわかりやすい。人の方がわからぬことの方が多いな」
「そういうものなのか」
「そういうものなのだ」

「晴明よ──」
「なんだ博雅──」
「それなら、人も鬼も変わらぬではないか」
「凄いぞ、博雅」
「何がだ?」
「『人も鬼もかわらぬ』ということよ」
「どういうことだ、晴明──」
「鬼を祓うにも、道理を説いたり、こちらが退いたりすることもあるという話はさっきしたな」
「うむ」
「人も同じよ」
「なに?」
「事実を説明し、相手に理解を求める。これは交渉事の基本だ」
「うむ」
「そして自分に非があれば『どうか私を許して下さい』と真心から手をついて謝ることで和解も見えてくる」
「うむ」
「本当に自分が悪いと思うとき、人は相手の幸せを心の底から祈るものなのだよ」
「そうだな、それはわかるぞ」



                    十五

「人の心の働きを『魂』と呼ぶ。そして魂から『云』の字を取ると『鬼』になるのだよ。
 『云』とは『云う』でありコトバだ。コトバに出さない、コトバに出せない、そして
 コトバに出してもなお出し切れない怨念執念があるとき、人は鬼となるのよ。
 これを鎮めようというのであれば、道理を説くか、こちらが退くか、ただ祈るしかないのだ」
「うむ」
「今回の事件でもな、本当に被害女性に対してすまないと思うなら、自分の事などかえりみず、
 ただただ謝るしかないのだ」
「そうだな、晴明──」
「被害者に対し真心から手をついて謝り、被害者の心が安らかになるよう祈るべきなのだよ」
「まったくだな」
「しかし、関係するものから漏れてくる言葉は、誹謗中傷か怨嗟ばかりだ。それも道理にかなったものですらない」
「うむ」
「連中には人に対する親愛の情、優しさというものが全くないな」
「晴明よ──、まさにその通りだ」

「人に対する根源的な思いやりというものを仁という。唐土には『巧言令色、鮮矣仁』という言葉があるが、
 連中にも仁というものが全くない」
「うむ」
「しかも巧言でもなければ令色でもない」
「ああ、実にその通りだな」

「仁が希(まれ)なるものの釈明、あれはとてもひどいものであった」
「あさましきものであったな」
「本人は自らを言葉巧みなのものと思っているのかもしれないが、文としてもひどいものであった。
 中身があれでは釈明どころか喧嘩を売ってるようなものだ」
「そうなのか、晴明──」



                    十六

「博雅よ、あれはつまりこういうことを言うておるのよ」


        関係者を直接知っているので無罪を信じたし、信じることは自由だ
        みな警察の判断を受け止めるべきである

        このような視点を持っただけで中傷ではない
        中傷と取られる言葉を述べてしまったことは謝る

        もっと事件の根本と関係者の人間性を考えるべきだ
        関係者の人生に大きな傷をつけるべきではない

        一番深く傷ついたのは女性かもしれないが、関係者全員、痛みを味わった
        あなた方は真実を知らないし、本質を探ろうともしない


「なるほど、晴明。俺にもよくわかるぞ」
「公平な視点を装ってはいるがな、結局はわが身かわいささ。中傷ではないという自己弁護の後はいつもの調子よ。
 被害女性の事を気遣っているように見せかけているが、関係者も傷ついていると主張しているところが浅はか過ぎる」
「なんと」
「本当に被害者の事を思うなら『一番』なんて言葉は出てこないものさ」
「まさに」
「それに関係者の中に自分が含まれるのであるから自己弁護にしか過ぎぬな」
「うむ」
「俺にはいつもの誹謗中傷としか読めなかったよ」
「なるほどその通りだな、晴明よ。このものには誰かを思いやる気持などないのであろうな」
「そうよ、いくら言葉を尽くしてみたところで、自ずとあのような文となって心のうちが出ずるものだ」
「なあ、晴明よ──」
 博雅が言った。
「鬼のより人の方がわからなぬ事が多いといったお前の言葉、今ならわかるような気がするぞ」
「そうか」
「そうだ」

 二人は無言で酒を口に運んでいた。
 月を見ていた。
 月の光が秋の空気の中にしんしんと溶けていくようであった。